デザインスタジオクセモノ

Xemono Inc.

2024/03/21

犬のことをいつも「茶色いね」と褒める。飲み会でその話をすると、「もっと内面を褒めろよ!」と突っ込まれた。犬を茶色いと褒めるのは、確かに外面だけを褒めているようにも見える。体目的か心目的で行くと、体目的寄りだ。

少し考えてみたけど、内面を褒めるということについては自分はあまり思い浮かばない。犬の内面については、楽しいねとか眠いねとか遊びたいね、ぐらいの粗さでしか人の自分にはわからない。「目に光が映ってるね」とか、「寂しいのに待ってたんだね」とか行動を褒めてしまう。そもそも内面ってなんだ? 「優しい」と褒められても、それは、「親切な行動が多いですね」の言い換えだったりしない? 行動の一貫性に心を見出しただけではないか? よくわからない、難しい。

犬は茶色くない時はあまりない。もし犬が白かったら「白いね」と褒めるし、暗くて見えなかったら「見えないけどかわいいね」と褒めるだろう。こうして存在を肯定することが、そう何かを欠いているものとも思えない。

犬は今日も茶色い。犬が居てくれて嬉しい。

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